[章]

そのくせにみそ汁がぬるいから温め直せだのと神経質な注文をつけるのだ。
 その程度ならどこの家にもあることかもしれない。それに父さんは最近よく耳にするDV(ドメスティック・バイオレンス)と称される、暴力を振るうようなことはしない。しかしそこが問題をより深めるのだが、物理的な攻撃のかわりに心ない言葉で相手を傷つけるのだ。
 しかも本人には傷つけたという自覚がまったくない。敵意を抱く理由があって中傷しているのならまだ心理の一端も分かるかもしれないが、父さんの場合傷つけていることすら認識できていないのだ。
 そんな愛情のない冷たい遺伝子が先天的に僕自身へ存在していることを気付いた時から、父さんの顔がまともに見れなくなった。例えば中学一年のいじめ以前、勉強しようとする自分しか見えずまわりの友達との交流を避けはじめたのは、僕だったのだ。
 自分が冷たい人間だと思うたびに父親への反感が強くなる。まるで心にある深い井戸から見たこともない醜い虫が湧き溢れるような悪心を覚えるのだ。こいつらは父さんに寄生していた虫なのに、どうして僕の心にいるのかと胸を掻きむしりたくなる。

 自己分析するたびにたどり着く責任転換の矛先は常に父さんだった。解けない鎖につながれた意識の中で、あの人を睨み続けていた僕の眼はとても渇いていた。