[章]

ハルト『ウチの父さんが旅行が趣味だって話したことがあったでしょ?今日父さんと一緒に夕食を食べた時、来年定年になったら今までいった旅行の記録を一つの本にまとめてみたらどうかな?って話したんだ』
 午前一時。
 いつものようにコンビニから帰ってきた僕は、三人が集うイーハトーブのチャットへ入室するとあらかじめ用意していた文章を流した。
ルビィ『へぇ~ 面白そうだね ハルトのお父さんって旅行が趣味なんだもんね』
テーゼ『旅行というより、運転が趣味だといえるよ。ハルトの親父さんの場合』
 二人がいう通り、僕の父さんはマイカーでの旅行が趣味だった。本人にいわせれば趣味なんてものじゃなく生きがいだと言い直すだろう。
 この半年間、ルビィやテーゼとは家庭環境や自分たちの過去の話など、お互いのことを伝え合ったのでそれぞれの事情は大方把握しているつもりだ。少なくても僕は今話している父さんのことをはじめ、中学時代のいじめの話も二人に告白した。

それをキーボードで打ちこみながら何年かぶりに涙を流し、二人の励ましが何よりも力になったことはずっと忘れないだろう。
 実際の声を聞かないチャットの世界ではどうしても言葉が淡泊になりがちだ。しかし僕たちの会話はそんなあくび一つで記憶から消えてしまうような、希薄な言葉のキャッチボールではない。それに二人と話している時の僕は、相手の気持ちを感じようと励んでいる。例えそれが偽りだとしても、人に優しさを与えている自分にホッとするのも事実だった。
 偶然チャットで言葉を交わし意気投合したルビィとテーゼ。
 それぞれの話しによるとルビィは山梨県に住んでいる二十二才の女の子らしい。ということは彼女は僕より三つ年下になるのだが、テーゼは六つ年上の三十一才だ。広島に住んでいる彼はなんと十五年間もひきこもりを続けているという。
 ルビィは四年ほど前、大学受験に失敗してから家事手伝いと称してひきこもりを続けている。はじめは浪人してもう一度受験し直すつもりだったらしいのだが、気が付いたらこの生活が定着してしまったようだ。
 彼女は言葉遣いからもその明るい性格がうかがえる。