[章]

 なんとも気の重い寝覚めだ。
 唯一の吉報は騒がしい四人部屋から個室に移ることができたことだけ。それでもこの六階からの景色には広い公園も含まれ、窓からそれらを眺めているだけでも幾分気が楽になる。父さんもまた勝手に起きあがってはまるでプレーリードックのようにそんな景色をじっと見つめるが、僕はすぐ横になるようには急かさなかった。
 日曜日ということが影響しているのだろう。今日の病棟内は昨日より静かだったので寝不足の僕はゆっくり過ごしたかったのだが考えが甘かった。
 まだ右半身が動かない父さんは一人でトイレにいくことができない。したがって昨日から導尿カテーテルが着けられているのだが、それがあることで自尊心が傷つくといいすぐにその管を抜こうとするのだ。それだけじゃない。体が動かないくせに起きあがるだけでは飽きたらず何度もベッドから下りようとする。
 あまりに身勝手なことばかり繰り返すのでついに僕は声を荒げて叱りつけると、父さんはしばらく口をきかなくなってしまった。まるで子供のように行動が退行している。

 こちらが担当医のいうことを守らせようとすればこの人はあえてそれに逆らおうとする。自分以外の意見をほとんど聞かないためにまともな看病ができないのだ。まるでカラスに芸を仕込んでいるような気にさえなってくる。これが介護というものなのか。報われないどころか逆に嫌われ、求める答えなど得られようもない。
 今回の脳梗塞は父さんが医者からの忠告を無視しいい加減なことをやり続けた結果発症したのだ。そのくせに入院してもまだわがままばかりする。この人にふりかかっている病人としての不安や苦労を理解しようとしながらも、僕は理不尽な状況に怒りを覚えざるを得なかった。
 朝一から来てくれた母さんが今夜は自分が泊まるといってくれたのを断り、結局二日目の夜も僕が病院に残った。本音をいえば一刻も早く家に帰りたい。しかし今日の父さんを見て退院後に必ずいい出すであろうわがままをきっぱり遮断するために、ここでしっかり看病して恩を着せておくべきだと思ったのだ。現に普段から母さんより僕がいうことの方がまだ父さんは聞き入れてくれていた。
「ルビィやテーゼは心配してるだろうな……」
 消灯後、僕はしばらく声を読んでいない二人を思い出していた。