[章]

ルビィ『リハビリは慣れた?ハルト先生』
ハルト『い~や、まったく慣れないよルビィ君。人の身体をいじるのは怖い。関節って一日経つとすぐ固くなるしその頑固な腕を曲げようとして「ボキッ」なんて折れたらどうしようってビクビクしてる』
テーゼ『はは! 大丈夫だよ。過度の負担がかかれば神経によって「痛い」っていうんだから。思い切ってやればいいんだよ』
 まったく。傍観者であるこの二人は人ごとだと思っていいたい放題だ。最近のチャットはこんなふうに父さんのリハビリ報告からはじまる。僕はどうでもいいのだがこの二人が様子を聞いてくるのだ。
テーゼ『でも一日中父親が家にいるのは大変じゃない? 親父さんが入院する直前、定年退職後の話をしたけど、皮肉にもすぐ現実になってしまったね』
 テーゼのいう通りまだ一年も先だと思っていた父さんの隠居生活は、旅行記を提案したわずか一ヶ月後に現実となってしまった。
ハルト『案の定リハビリ以外は一日中ソファに横になってテレビや本ばかり見ているよ』
ルビィ『あらら ハルトが心配したとおりになっちゃったのね』

ハルト『その通り。わがままいって悪いんだけどまたここに集まる時間を深夜に戻したいんだ』
 父さんが退院してから一週間。不意に訪れた脳梗塞による引退はそれまでの家庭環境を様変わりさせた。勤めていた頃は四日のうち一日だけ家にいた人がずっと毎日ここにいるのだ。僕は大抵自分の部屋にいるから分からないが、父さんは終日リビングを陣取りテレビを独占しているらしい。普段くつろいでいた空間やテレビを占領された母さんが一番迷惑なはずである。隣の部屋で過ごすことが多くなった母さんの姿がどうしてもみじめに映る。
 僕はリハビリこそ父さんにくっついているがそれ以外は相変わらず部屋にこもり、食事による団らん以外はあまり顔を合わせることもない。かといってあらゆる動作が遅い父さんによって生活の中で邪魔に思う場面がないわけではなく、言葉には出さないがうっとうしかった。
 話す口調は病気によって辿々しく、歩く姿もまるで足をケガした老犬のようだ。しかし六十才を迎えたばかりには見えない本当の理由はそんな後遺症でなく、自分で何かをしようとする意思を感じられないことが大きい。年や身体のハンディに関係なく生きる張り合いを失った人間にこそ、老いという赤札は付けられるのだ。