[章]

ルビィ『それでお父さんは大丈夫?』
ルビィ『けがは その自転車の人にもけがはなかったの?』
 立て続けにルビィが書き込む。彼女は自分が「運転させてみたらどう?」と告げたことへの責任を感じているのだろう。やはりこの結果はすべてに嘘をついてでも伏せるべきだったかもしれない。
ハルト『大丈夫大丈夫。自転車の人もケガはないし父さんもまったく無事だよ』
 早くタイプしようと力むとハンドルに打ちつけた頭が痛くなるが、できる限りのスピードで文字を返す。おなじ内容のレス(返事)を同時に流す「ハモり」を避けるために、テーゼはあえて何も書かずに僕らのやりとりを見ているようだ。
ハルト『まるで刑事ドラマのような迫力だったんだ!実際運転している車内はこんな感じになるんだぁって思った』
 ルビィを安心させようと茶目っ気を出したがちょっと的外れなレスかもしれない。
ルビィ『ごめんねハルト 私が余計なことをいっちゃったから』
 ダメだ、やっぱり効果がない。素直に謝る彼女の正直さが胸に刺さるようだ。僕らは悪くない、僕やルビィが心を痛めることなんてないんだよ。

ハルト『ちがうちがう』
ハルト『これでよかったんだよ。ほら、今日無事に運転できていたら父さんが今後一人の時にあの状況になる可能性があったんだ』
ハルト『それを考えたら僕がいた時でよかったんだよ』
 ルビィの書き込みを制するように立て続けに三つ書き込む。
テーゼ『そうしますと、テストは当然不合格だよね。それで親父さんは運転を諦めたのかい?』
 タイミングよくテーゼからレスが入ったと思ったら鋭い指摘だ。とりあえずこの場を取り繕うべき文章を書き込む。
ハルト『残念だけど、しょうがない。とかいってあきらめたよ』
 ここがチャットという文字だけの世界で本当によかった。もし二人が僕の顔を見て話していたらとてもこの言葉を信じてもらえなかっただろう。それほど今の僕の表情は険しく歪んでいる。
 この時僕は二人に嘘をついていた。本当は今晩、父さんと大喧嘩したのだ。後になって思い出しても心臓は高鳴り、視界の上方が眉間のまぶたにより狭まってくるようだ。