[章]

「誰が父さんをバカにしたんだよ! 入院から今までいいように人を使ってきて、こっちが何かいってもただの雑音にしか聞こえないのか! 約束したのにまだ隠れてタバコを吸ってるし。父さんは何かあるとすぐに自尊心を主張するけど、約束を平気で破られた方の自尊心を考えたことがあるのかぁ!」

「も、もう俺に、指図しないでもらいたいっ!」
 はじめてだった。今までこの人に対して怒りを感じたことは何度もあったが、この時ばかりはその真っ赤な顔に拳をねじり混みたい衝動にかられた。
 どうして? 入院してからの二ヶ月間ずっと献身的に向きあってきたのに! こういう大事な時に僕の意見を聞きいれてもらえるようにずっと我慢してきたのに。これまで父さんのためを思ってしてきたことのすべてが粉々になって崩れていく。そんな喪失感にも似た思いが僕の口を静かに震わせた。
 所詮この人は自分以外の存在を認めてはいないんだ。だから僕のいうことだって聞こうとはしない。今までずっと自分一人で生きてきたと思っている。

 やはりこの人間を嫌うしかない。僕にとってこの父親は常に自分の心に秘めたマイナス部分が具現化されたものに他ならなかった。口先ばかりで実質を伴わず卑屈にしか物事を考えられない。母さんを脅すほど生きる意志が弱く、まるで浜に打ち上げられた流木のようにただそこにいるだけ。

 そんな父親を見るたび、似ている部分に気づくたびに僕は自分の未来を突きつけられているような絶望感に打ちひしがれるんだ。
「……じゃ、もう僕は必要ないんだね」
 その言葉を最後にリハビリはおろか、ろくに顔も合わせない日々がはじまった。