[章]

『献身』という束縛から解放された生活はとにかく楽だった。今考えると毎朝食後一時間以上もマッサージやリハビリに付き合っていたなんて信じられないくらいだ。
 相変わらず昼夜逆転の暮らしをしている僕は、父さんと顔を合わせるのは食事の時だけといってもよかった。無理にコミュニケーションをとろうとしてリビングなどで家族と過ごす時間もすっかりなくなったので、まるで二重のひきこもりにも見えそうだが、母親とは普通に接していた。
「まったく、呆れた人だ。温人には嫌な思いをさせてしまって悪かったね」
 運転テストの結末とその後のケンカの話しを聞いた母さんは激しい憤りを大きなため息に変えていた。
 そんな息子への謝罪心からか僕と父さんとの会話がなくなった食卓では母さんが気を遣い会話を持ちかけてくるようになった。それまでは食後三十分ほどはリビングでたわいもない話をしていたが、今の僕は食事が済むとすぐに席を立って二階へ上がっていく。母さんには申し訳ないが会話のすべてに答えられるほど、あの人の前でゆっくりしていたくはない。

 父さんはケンカをした翌日くらいまでふてくされていたが、徐々に態度を軟化させたようだった。しかし僕に対して一向に謝る素振りもないのはまだ自分の言い分が正しいと思っている証拠なのだろう。そうやって今まで人に何をいわれても持論を曲げることのない自己中心的な一本気は息子の前でも健在のようだ。
 しかしそんなことも今となってはどうでもいい。いくらでも我を突き通せばいいさ。父さんが何をしようが僕は本人から放任する許可をもらったのだ。これからは食後に飲む薬の世話もしなくていいし、じれったい会話にだって付き合わなくていい。そしてあらゆる父さんへの心配事も意に介さなくて済む。
 母さんのいうように確かに僕は嫌な思いをしたのかもしれないが、この状況にはどちらかというと感謝している。結局「放任できてありがたい」という感覚が父さんに対するすべての答えなのだろう。家族だから、血がつながっているから分かり合えるというのは所詮心の本質から逸れた詭弁にすぎないのだ。一度その波長が乱れれば他人よりも憎悪が募るのが肉親なんだ。
 それでも僕は情け深く接していれば自身にある父親へのわだかまりが消えるのではないかと考えていた。唯一悔やむとすればそんな浅慮で甘い自分の考えだけだ。