[章]

ルビィ『どう お父さんは ちゃんとマウスを動かせるようになった?』
ハルト『まったく人ごとだよな。今日は何とかローマ字を全部打てたよ』
 父さんが愛車を売りパソコンを買ってからそろそろ一ヶ月が経過する頃だ。12インチのノートパソコンを使っている僕から見て、21インチの液晶モニタはさすがに大げさに感じるが父さんにとっては適度なものらしい。目の悪い父さんのために、解像度を調節してなるべく文字が大きく見えるようにしてある。
 今まではモジュラーからLANケーブルを引き、直接僕のPCだけに接続していたインターネットも、父さんのパソコンからもアクセスできるように無線LANを導入した。まず埋まることのないであろう80ギガバイトの大容量ハードディスクに最新のCPUやDVDーRを含め、パソコンや周辺環境などハードの充実に相反してユーザーの知識や技術にはとにかく頭を痛めた。
 信じられないことだがアンチデジタルだった父さんはマウスを操作してポインタを自由に動かせるまでに、なんと二週間もかかったのだ! もちろん他の人と違い右手が不自由なせいもあるがかなり「じっくり」と技術を磨いている。

 しかもパソコンに触れること自体に緊張しているのか、習いはじめてしばらくは操作する手が小刻みに震えていた。僕にはそれがおかしくてたまらないのだが笑うとまた自尊心が傷つくと思い、吹き出すまいと懸命にこらえる余計な気苦労もあった。
テーゼ『ゼロからはじめて一ヶ月か。ようやくパソコンの操作らしいことができるようになってきたのかな』
ハルト『でもまだ時々マウスを机から落とすんだ』
ルビィ『あは そうかお父さんのマウスはワイヤレスなんだ あれって気づかずに机の外にいっちゃうんだよね パッドを使えばいいのに』
ハルト『で今日見てみたらマウスを落とさないように机の右端に添え木が付いていたよ』
テーゼ『うわぁ、本当?』
ルビィ『うわぁはは ホント!』みごとに両者のレスがハモった……。
テーゼ『まったく経験のない人に教えるんだから、地道に慣れてもらうしかないね。同情するよ』
ルビィ『あ~笑える でもこれっていいリハビリになるんじゃない』