[章]

 その晩は珍しくテーゼはまだイーハトーブに入室していなかった。
ルビィ『な~んで断ったのさ 出ればいいのに』
ハルト『出ないよ当たり前だろ。運動会って近所の人がたくさんくるんだよ。絶対影で「あの人誰?」なんていわれてヒキがバレたりするんだよ』
ルビィ『だからなによ ひきこもりがばれたっていいじゃない ホントのことなんだからさ』
 あいかわらず強気なルビィに対してつまらない自尊心にこだわる僕はやはり父さんの息子なんだ。しかしいくらルビィになじられようとも地域の運動会だけは出たくない。確か小学校の時に一度だけ親が出場するというので連れていかれたことがあった。当時まだ幼かった僕の目線に映るおびただしい数の足を今でもよく覚えている。あれほど人があふれかえる場所に顔を出すなんてもってのほかだ。
ルビィ『ハルトのよわむし』
ハルト『な、なにをー!』
『テーゼさんのご来園』

 午前二時を過ぎた頃、ようやくチャットのメッセージがテーゼの入室を知らせた。
ルビィ『やあテーゼ 今夜は遅かったね 寝てたの?』
 ルビィはよわむしの僕を無視しテーゼにあいさつするので後を追うように僕も倣う。
テーゼ『さっき、弟たちとケンカをしたんだ』
ルビィ『え なんで どうしたの?』
 テーゼがいの一番に書き込んだ。そのただならぬ書き出しにグッと胸の辺りがざわつく。彼が突然そんな話を持ち出すことはめったにない。いや今回がはじめてではないだろうか。
 以前聞いた話によればテーゼの家には今年社会人になった次男と、大学三年生の三男の弟がいるという。十五年前にテーゼがひきこもりになりはじめた頃はまだ幼かった二人の弟も、成長していくにつれ兄がどういう状況にいるのか理解しはじめる。それまでテーゼを慕っていた二人はいつしかひきこもり続ける兄をダメな人間だと決めつけ、そんな態度がテーゼの胸をさらに苦しめた。家族とも接触を避ける二重の引きこもりになっていったのもその頃だという。