[章]

 白いカーテン越しに青空が染みてくる。朝を告げる窓明かりがペンションの部屋を暖め、秋というよりもまるで春を思わせる目覚めに僕の顔はほころんだ。これほど心地いい寝覚めも珍しい。
 今朝はしっかり朝食をとって出発することができた。満腹感と視界に広がるビビットな蒼空によりアクセルを踏む足も力強い。
「テーゼは三十一才かな。父さんのように読書が好きで何でもよく知ってるんだ」
「それじゃあ、さっき話したルビィって女の子とは九つも年が離れているのか。なんだか見たこともない人間と話をするなんてピンとこないけどな」
 パソコンやインターネットを使えるようになったところでチャットという言葉をはじめて聞いた父さんには、なんとも合点のいかない話らしい。確かにコミュニケーション自体に感心がないこの人にとって、キーボードで入力する言葉だけの関係が理解できないのも仕方がないのだろう。
「それで今日、ルビィと会う約束をしているんだ」
「え、今日か! どこで?」
「彼女は山梨に住んでいて、清里まで来てくれるんだって。その待ち合わせが五時なんだけど……」

 それを聞いて父さんは後部座席の地図を取りだして眺めはじめた。
「そうだな、このままいけばちょうど五時くらいに清里あたりを走る予定だ。邪魔はしないから、ゆっくり会えばいい」
 朝日を喜んでいるかのように白樺平を綾取る紅葉に導かれ車は美ヶ原へとたどり着いた。昨日は西側の自然保護センターに止めたが今回は東側からのマイカー終点である山本小屋の駐車場へ車を止める。
 車を降りると若干の風が髪を揺らすも寒さを感じるほどではなく、何よりも空気が軽くて気持ちがいい。お目当ての美しの塔は空と大地を結ぶようにポツンと視界に映っている。ここから徒歩で二十分ほどかかるというが足の悪い父さんではもっと要するだろう。しかしこの真っ青な空の下を歩きたい想いは親子共々共通していた。
 舗装のない遊歩道。その道に沿って続く柵の外には見渡す限りに牧草が生え、それを牛たちが食んでいる。彼らは駆け寄る僕をいぶかしげに見上げまた下を向く。