[章]

 原稿は最後までたどり着いた。
 清里でルビィと会ったこと以外は事実に沿った形となり、まるで再び旅行に出掛けたかのようにあの三日間をトレースする記録に仕上がったはずだ。

 初日に乗鞍高原で降られた雨や山頂が真っ白だった新穂高ロープウェイなど、天気のコントラストもしっかり取り入れた。父さんが書いた原稿にも目を通してもらったテーゼが「これならお父さんの原稿に近い」と太鼓判を押してくれたことが何よりも心強い。
 しかしここにきて僕は各旅行に添えられている「後日談」に頭を悩ませていた。他の原稿には本文に書かなかった裏話や苦労などが少し感情を入れて綴られている。父さんは今回の旅行をどう思ったのだろう。ここだけは僕が本人と偽って書くことに抵抗を感じる。最後の訪問地としてきっと特別な想いがあるに違いないはずだ。
「これ、温人にだって」
 夕方、病院から帰ってきた母さんがノートを僕に手渡した。そこには母さんの文字による父さんの言葉が書かれている。

 ――私は長年日本を廻ったこの旅行のやり方を、心のどこかで恥ずかしいと思っていた。知り合いに話すとやはり皆驚きを隠せないようで、人によっては「なにが楽しいの?」などと聞いてくる。そんな相手とは話をしたくないのだが、そう思う人がいて当たり前であり、むしろ私のような者が希有なのだ。
 しかし息子はそんな私の旅行スタイルをとても貴重で、価値あるものだといってくれた。そこで私はもう一度旅をしようと決めたのだ。息子が提案してくれた、この旅行記を書くという旅である。こうして北海道から鹿児島までをふり返る長い旅がはじまり、半年以上かけてまとめたこの記録も、とうとう最後の訪問地になってしまった。
 息子とはじめての二人旅。私にかわって彼が一人前にハンドルを握る姿を誇らしく感じる一方で、老いていく自分を再認識する。何十年もドライブをしていると訪れるたびに新しい道が整備されていくが、人間にとってもおなじことがいえるようだ。息子は私からつながる新しい道であり、私よりもっと素晴らしい道中を創っていくことだろう。私が息子に残せるものは、そんな路くらいだ――