[章]

ハルト『二人にも手伝ってもらったことを話したら、お礼をいってくれだって。僕からもいわせてもらうよ。テーゼ、ルビィ、ありがとう。二人がいなかったら原稿の完成はあり得なかった』
テーゼ『むしろ俺がハルトにお礼をいいたいよ。君のおかげで久しぶりに一つのことに取り組めて、すごく満足しているんだ』
ルビィ『よかった ホントよかったね ハルト』
テーゼ『そうしますと、この原稿はどうするんだい?』
ハルト『できれば確実に本にしてあげたいんだ』
テーゼ『だったら自費出版がいいかもしれない。多少の金はかかるけどちゃんと本にできるよ』
ハルト『よし、決まり!』
ルビィ『すごい お父さんの旅行がホントに本になるんだね』
 二人とも自分のことのように喜んでいる。いや、みんなにとってまさにこれは自分事なのだ。原稿作りを共に協力し合ったというだけではなく、父さんへの心配もルビィとテーゼにとって人事ではなかった。本人に原稿を読んで笑顔で満足してもらうことこそ三人の望みだったのだ。

 そして今回のことはただ僕らの身に降りかかったことではない。それを象徴するようにテーゼが次の文を書き込んだのだ。その発言に目がくぎ付けとなり、頭がカッと熱くなる。
テーゼ『俺たち、そろそろドアを開ける時かもしれないな』
 テーゼが十五年間のひきこもりと不毛なこの社会を否定した自分から脱しようとしている。
ルビィ『そうだね テーゼ』
 ルビィは気持ちを表さず、さも当然のように応じた。でも僕にはパソコンの前で満面に笑みを浮かべる彼女が見える。そしてルビィも今、心の中で僕と握手をしているはすだ。
テーゼ『いつかルビィが、ハルトの親父さんのことはきっと意味があるんだって話したことがあったよね』
ルビィ『わたし? そんなこと言ったっけ』
ハルト『確か父さんに運転テストをしたころだったよね、半年くらい前かな』
 そう、それは僕が『人生の半分は狂っている』と自分への皮肉をいった時のことだ。珍しくルビィの書き込みが怒っているように感じたので僕も頭に残っていた。